スポーツあれこれ by 星野恭子

3日間のランニング・クリニックを終え、充実感あふれる笑顔の参加者たちと、講師のハインリッヒ・ポポフさん(左から6番目)、山本篤選手(同5番目)

走る喜び、生きる喜び
<10月度まとめ>

※写真上:3日間のランニング・クリニックを終え、充実感あふれる笑顔の参加者たちと、講師のハインリッヒ・ポポフさん(左から6番目)、山本篤選手(同5番目)

10月最後の週末は、私自身ここ数年の恒例となっていて、楽しみにしているイベントの取材で千葉県浦安市に行ってきました。ドイツの義肢・装具メーカー、オットーボック(Ottobock)社が主催する「ランニング・クリニック」です。これまで、世界10数カ国で開催実績があり、日本では2015年から毎年実施されています。

自身の経験も踏まえ、ポポフさん(右)と山本選手が熱血指導

大きな特徴は、主に大腿義足(ひざ上から切断)ユーザーで陸上経験の浅い人を対象にスポーツ用義足でのランニングを教えること。そして、同じ大腿義足を使うハインリッヒ・ポポフさん(ドイツ)が講師を務めていることです。彼はパラリンピックの陸上金メダリストで、今夏の大会を最後に現役を引退。クリニックには現役時代からライフワークとして取り組んでいます。

日本のクリニックはさらに特別で、初開催以来、ポポフさんに加え、彼の現役時代から良きライバルであり、友人でもある山本篤選手が特別講師として参加しているのです。ポポフさんの英語での指導にも通訳が入りますが、山本選手自身の経験も踏まえた日本語でのフォローは参加者にも、ポポフさんにも心強いのではないでしょうか。

参加者の応募動機はさまざま。事故や病気で脚を失った人が「もう一度、走ってみたい」「息子とサッカーを楽しみたい」と願ったり、先天的、あるいはかなり幼い頃から義足生活で運動経験がほとんどないけれど、「一度は走ってみたい」と挑む人、さらには「パラリンピックを目指したい」など……。

また、「脚の切断」といっても、参加者の状態はさまざま。残された脚の部位(断端)の長さも異なれば、運動経験なども違います。クリニックでは親身な指導を大切にしているため少人数制を取り、講師たちはそれぞれに寄り添い、時に厳しく、時にユーモアも入れて指導します。

カナダから参加。義足生活になって以来、30年ぶりに風を切って走る喜びを取り戻したという

このクリニックを機に走る楽しさを知り、本格的にスポーツを始めたり、さらには世界に羽ばたいていった選手たちもいます。おかげで、クリニックの人気は年々高まっています。4回目を迎えた今年は初の海外からの参加者1名も含む、9名の参加でしたが、多数の応募者の中から抽選によって選ばれたそうで、「去年は落選。やっと選ばれて嬉しい」という人もいました。

3日間にわたって行われるクリニックで、参加者は座学や実技に取り組みます。「ランニング」がテーマですが、実際に走る時間はそれほど多くなく、スポーツ用義足で走るための準備に主眼が置かれています。ポポフさんは、キレイに歩くことが走ることにつながるといい、また、義足を意識せず、バランスよく体を動かすことの重要性を強調します。

義足の機能を使いこなすには、体幹など身体全体の筋力アップも欠かせない。きつくて地道なトレーニングにもチャレンジ!

スポーツ用義足は走るための義足なので、常につま先立ちのような状態で不安定です。使いこなすには支える筋力が必要で、体幹や脚筋力の強化が欠かせません。また、膝の役割をするパーツ(膝継手・ひざつぎて)は正しい角度でしっかり踏み込まないと、いわゆる「膝折れ」を起こして転倒の危険もあり、「恐怖感」が邪魔をします。

ポポフさんや山本選手は、筋力トレーニングのドリルや恐怖心を取り除くようなメニューをいろいろ準備して、参加者に伝授していきます。日常的な継続が大事なので、「正しいフォーム」や「意識すべき筋肉」など、参加者が持ち帰り、今後の日常でも実践しやすいように、指導の仕方や言葉の使い方にいろいろな工夫が見られます。

例えば、“NO BANANA(背中をバナナのように曲げない)”は、恐怖心から、ついつい足元を見てしまいがちですが、顔を上げて良い姿勢を保つようにという指示を端的に表現しています。また、“ケツコイン(お尻にはさんだコインをイメージし、落とさないように力を入れ続けること)"もイメージしやすい表現。もしかしたら、山本選手とのコラボから生まれたかもしれませんね。

最後の実技メニューは、思いきりダッシュ。コワゴワと足元を見る参加者は、もう、いない

最後の実技メニューは、思いきりダッシュ。コワゴワと足元を見る参加者は、もう、いない

最終日の閉会式では、参加者それぞれが感想を述べ、講師陣から講評を受け、修了証が手渡されます。それぞれの目標を持って参加し、真摯に取り組んだ3日間を終え、皆、達成感や充実感にあふれた笑顔が素敵です。歩くことや走ることの尊さ、そして、チャレンジすることの尊さを改めて実感します。

講師陣の熱意あふれるブレない指導が、参加者を笑顔にするランニング・クリニック。今年もまた、楽しい取材でした。

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<2018年10月度>
■寄稿:
⇒【アジアパラ大会】開幕間近、「もう一つのアジア大会」。4年に一度のパラスポーツの祭典がジャカルタで!(ノーボーダー/2018年10月1日付)

⇒【アジアパラ大会:陸上競技】スプリンターの新星、伊藤竜也がアジア新100m初制覇!(つなひろワールド/2018年10月9日付)

⇒【アジアパラ大会:ゴールボール】「最低でも金」を合言葉に、「最高の金」を獲得(つなひろワールド/2018年10月15日付)

⇒【アジアパラ大会】アジアパラ大会閉幕。日本は前回上回る198個のメダルを獲得(ノーボーダー/2018年10月15日付)

⇒【陸上競技】「アスリートに直撃! 20問20答」~パラ陸上・井谷俊介編~(パラスポ+/2018年10月5日付)

⇒【ボランティア】視覚障害者を対象にした東京2020大会のボランティアセミナー、都内で開催(ボラサポ/2018年10月12日付)

⇒【パラスポーツ】 パラアスリートの魅力が満載。WOWOW『WHO I AM』シリーズ、シーズン3まもなくスタート!(ノーボーダー/2018年10月22日付)

⇒【パラスポーツ】パラスポーツを観にいこう!~11月開催の主な大会・イベント編(パラスポ+/2018年10月29日付)


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■ラジオ出演:
スポーツ自由形『開幕直前、アジアパラ競技大会』(NHK:すっぴん/2018年10月1日)

(kh)

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著書

いっしょに走ろっ!―夢につながる、はじめの一歩

「走る」をテーマにさまざまな人々の挑戦を集めた一冊。2012年ロンドンパラリンピック出場を目指す、義足のジャンパー中西麻耶選手と義足職人やコーチたち、全盲のランナー和田伸也選手と伴走者たち、そして、視覚障害ランナーの伴走ボランティアに挑む福井県の中学生たちのドキュメント。

伴走者たち―障害のあるランナーをささえる (ドキュメント・ユニバーサルデザイン)

「障害があってもスポーツを楽しみたい」人たちと、周囲で支える人たちを追いかけた一冊。視覚障害や知的発達障害のある人たちと伴に走る人々の絆や、脚を失った人たちと義足をつくる職人の信頼関係のストーリー。

ユニバーサルデザイン―みんなのくらしを便利に〈2〉くらしの中のユニバーサルデザイン

図鑑「ユニバーサルデザインーみんなのくらしを便利に」シリーズの1冊。障害のある人やいろいろな立場の人の、それぞれの使いやすさを考えて工夫されている商品やサービスに注目。前半では製品のユニバーサルデザイン、後半では情報のユニバーサルデザインについて、豊富な写真と専門家の解説などで紹介。